インプラントと全身疾患
インプラント治療を行うに際して、必ず、全身状態の診査診断が必要になります。
どんな治療でも、必ずその治療に適している適応症があります。
また、行ってはいけない禁忌症もあります。
インプラント治療は外科治療であり、その後もインプラントの安定を見る必要があるため、やはり適応症と禁忌症の見極めが重要となります。
とは言え、局所麻酔で行う外科的侵襲の比較的少ないものがほとんどです。
なので、ほぼ抜歯の適応症、禁忌症に準じて行うことができます。
近年、医学、歯学の進歩により、今まで禁忌症だったものが、症状安定期なら、小手術も可能となってきています。
それでも、当然、専門医と歯科医の情報交換と協力が必要なのは変わりありません。
その中で比較的頻度が多く、私が特に注意している全身疾患について説明します。
・糖尿病 Diabetes Mellitus:DM
・高血圧 Hyper Tension:HT
・心血管疾患 Cardiovascular Disease:CVD
・脳血管障害 Cerebral Vascular Disorder::CVD
・骨粗鬆症 Osteoporosis
糖尿病 Diabetes Mellitus:DM
外科処置を伴う治療として、また、非生体材料を埋入する治療として、最も注意すべき疾患が糖尿病です。
糖尿病既往の患者さんに外科処置を行う際、1番気をつけなければならないのが、「傷が治りにくい」「ばい菌が入り、感染しやすい」に代表される易感染性の特徴です。
インプラント治療においては「外科処置をした後の傷の治りが悪い」や「インプラントが感染しやすく、長期間に渡り機能しない」などが起こりえます。
血糖値のコントロールができていない患者さんにはまず、専門医にてきちんと治療を受けていただく必要があります。
血糖値の管理ができれば、抗生剤の術前投与や炭酸ガスレーザーによる治癒促進、徹底したメインテナンス管理などの感染対策で十分カバーできます。
それでも、健常者に比べ、リスクは高いので、大規模な骨造成や1次閉鎖できないインプラント埋入には、十分注意が必要と考えています。
松野歯科ではインプラント治療は以下の基準となる値を参考に行っています。
術前のコントロール基準値
1血糖値(空腹時 150mg/dl以下・ 最高値300mg/dl以下)
2HbA1c 7~8%以下
3尿ケトン体(-)
4重篤な合併症がない(腎不全・心血管病変など)
糖尿病薬やインスリン、運動、食事管理で血糖値がしっかりコントロールがされていれば、インプラント治療は行えるということです。
高血圧 Hyper Tension:HT
内科的疾患の既往として、最も多いのが、高血圧です。
高血圧は血圧が上がりやすいだけではなく、急に下がることもあるため、注意が必要となります。
血圧が大きく変動する可能性があるのは次の2つの過程です。
・局所麻酔をするとき
・外科的処置を行っているとき
まずは局所麻酔として、浸潤麻酔をするときです。
一般的に歯科では2%リドカインを中心としたアミド型局所麻酔剤を使用します。
このリドカインが神経を痺れさせ、無痛状態にしてくれるのです。
リドカインが麻酔を効かせたい部位に長く留まるように、麻酔薬に血管収縮剤が含まれています。
血管収縮剤としてはエピネフリンが1/10万~1/8万mg/ml添加されています。
この血管収縮剤を大量に打つと血管が収縮され、血圧が上がります。
しかし、歯科における常用量であるカートリッジ1~3本くらいでは血圧、脈拍数などにはほとんど影響は与えないといわれています。
なので、エピネフリンの量より、麻酔をしっかり効かせる方が大切と考えています。
一方、外科的処置を行うに当たり、血圧が変動しやすくなります。
心因的要因が大きいため、できるだけ安心して、処置を受けてもらうことが大切です。
血圧のコントロールが困難な場合や、他に大きな合併症がある場合には内科医へのコンサルトを行います。
術中のモニターの必要性、鎮静剤などの前投薬の必要性、不快症状の予測とその処置などについて意見を求めておけば、安心です。
心血管疾患 Cardiovascular disease:CVD
心血管疾患既往の患者さんで特に注意が必要な事項は2つあります。
・感染性心内膜炎の予防
・抗凝固剤への対策
まず、感染性心内膜炎の予防についてです。
弁置換後状態や心内膜炎の既往、 大動脈弁閉鎖不全症(AR)や僧帽弁閉鎖不全症(MR)、 あるいは心室中隔欠損症(VSD)や動脈管開存症(PDA)のように、 血流ジェットを生じる疾患が高リスク群とされています。
心疾患について歯科医が患者さんの状態を把握することは困難です。
必ず専門医とコンサルテーションして、感染性心内膜炎の予防が必要かどうかを確かめています。
予防が必要な場合は、術前1時間前に抗生剤の大量投与を行います。
これで、感染性心内膜炎を予防しながら、インプラントの処置が行えます。
次に、抗凝固剤への対応です。
心血管疾患においては血栓塞栓予防のために抗凝固剤を常用されている方がいます。
抗凝固剤を中止するのが容易な場合は、中止した方が当然、止血が簡単になります。
ワルファリンであれば3日前、バイアスピリンであれば1週間前に薬を止めてから、インプラントの処置を行います。
ただ、心血管疾患が重篤で、抗凝固剤を中止するリスクが高い場合が多々あります。
そのときは処置内容とINR(International normalized ratio:血液の凝固因子の指標)を照らし合わせて、インプラントの処置ができるかどうか、歯科医の私が判断します。
基本的にインプラントの処置は1次閉鎖が可能な場合がほとんどです。
また、近年、レーザーを代表とする、止血の技術も高まっています。
よって、INRが3以下であれば、大きな骨造成を伴わないインプラント処置は可能として、私は行っています。
脳血管障害 Cerebral Vascular Disorder:CVD
脳血管障害既往の患者さんで特に注意が必要な事項は2つあります。
・血圧のコントロール
・抗凝固剤への対策
脳血管障害に関しても、歯科医である私がわかる範囲は限られているので、専門医と情報を共有して、治療を行います。
まずは、血圧のコントロールです。
血圧が上がると、脳出血のリスクが上がるからです。 血圧のコントロールに関しては高血圧の項目と同様に行います。
次に、抗凝固剤への対応です。
心血管疾患同様、血栓塞栓予防のために抗凝固剤を常用されている方がいます。 特に脳梗塞の既往がある患者さんです。
こちらも、抗凝固剤を中止できない場合が多々あります。
処置内容とINRを照らし合わせて、インプラントの処置ができるかどうか、歯科医の私が判断します。
骨粗鬆症 Osteoporosis
インプラントは骨に埋入する治療になるので、骨粗鬆症について心配される患者さんがたくさんいらっしゃいます。
しかし、結論から言うと骨粗鬆症の方でもインプラント治療は問題なくできます。
インプラントの周囲の骨は刺激され、むしろ骨粗鬆症の進行が抑制されます。
しかし、埋入するときは骨密度が低く、初期固定が得られにくい状態です。 なので、周囲の骨を圧縮して密度を高めて入れる方法をとります。
また、免荷期間を1,2か月長めにとって、オッセオインテグレーションを確実にするようにしています。
実は骨粗鬆症に関してはもっと重要なことがあります。
それは骨粗鬆症薬の話です。
ここ数年、非常に話題になっているビスフォネート製剤についてです。
ビスフォネート製剤を服用している人に抜歯などの外科的処置を行うと、稀に骨が露出した部分の傷が治癒せず、顎骨壊死を起こします。
もちろん、インプラントの処置の場合もこれに当たります。
ビスフォネート製剤の服用期間や合併症の有無により、リスクが変わってきます。
インプラント治療を行う場合は、服用状況や全身状態を診断して、慎重に行わなければなりません。

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